アルツハイマー病の新しい画像検査
~病因物質、ベーターアミロイドとタウ蛋白を映し出す検査~

はじめに

内閣府の発表によると、2025年には65歳以上の高齢者の約5人に1人が認知症であると推計されています。また、認知症患者1人に対して平均3人の介護人が必要とされ、将来1,000万人以上が介護に関わる必要があると予想されています。認知症への対応は、医療、福祉に限られた問題ではなく、我が国の行政・政策の重要課題でもあります。

認知症をひき起こす疾患は多様で、アルツハイマー病、レビー小体型認知症や前頭側頭葉型認知症などの神経変性疾患や脳血管性認知症が代表的です。従来我が国では、脳血管性認知症が多いとされていましたが、1990年以降の報告ではアルツハイマー病が増え、最も多い認知症とされています。一方、生活習慣病の改善、高血圧の治療などの普及により脳血管性認知症は減少していると考えられます。現在は、認知症の約6割がアルツハイマー病であるとされております。アルツハイマー病は、認知症を引き起こす病気の1つですが、最も重篤な疾患なのです。

ベーターアミロイドとタウ蛋白

アルツハイマー病の原因は、ベーターアミロイドとタウ蛋白と呼ばれる蛋白質のゴミが脳の中にたまることにより、神経細胞が障害されるためと考えられています(図1)。一方、この2つのゴミが揃って脳の中にたまっていなければ、アルツハイマー病ではありません。高齢者の多くの方はこれらのゴミが年とともに少しずつ脳に蓄積してきます。アルツハイマー病の方は、ゴミの蓄積が通常より多いため症状が生じると考えられています。従来これらのゴミの蓄積を確認するためには、脳の一部を採取して顕微鏡で観察すること、すなわち病理検査が必要でした。

※アルツハイマー病の原因物質(ベーターアミロイドとタウ)の蓄積

※アルツハイマー病の原因物質(ベーターアミロイドとタウ)の蓄積

アルツハイマー病の診断

現在、認知症の診断には、神経心理検査(記憶や注意力など認知機能を評価する)、頭部MRI(脳の萎縮の度合いを診る)、脳血流検査(脳の血の巡りを評価する)などを行い総合的に判断します。ただし、どれも決定的な検査ではなく、誤診率は2割近くあるといわれております。これは、専門医がアルツハイマー病と診断して治療していても、お亡くなりになった後に脳の病理解剖をさせていただくと2つのゴミの蓄積が認められずアルツハイマー病ではなかったことが相当数あるということです。現在の保険適応内の検査では、アルツハイマー病の確かな診断には限界があるのです。

新しい認知症PET検査

アルツハイマー病の確かな診断には、2つのゴミ、ベーターアミロイドとタウ蛋白が脳にたまっていることを確認しなくてはなりません。近年の画像技術の発展により、これらのゴミを映し出す技術が確立しつつあります。ベーターアミロイドやタウ蛋白に結合する放射性物質を注射して画像撮像(PET)し、それぞれのゴミを検出します。それぞれの検査は、約2時間程度で終わります。被ばく量はごく軽度で、成人の方には通常問題になることはありません。

図2で示すように、アルツハイマー病の患者さんでは2つのゴミが高い信頼度で映し出されています。すなわち、脳の病理解剖を行わなくても、脳内の2つのゴミの蓄積が確認できるようになりました。これら検査は、まだ研究段階で、保険適応外のため通常の診療では行えません。しかし、診断精度の向上に大きく寄与すると期待されております。当院では、研究の条件(年齢85歳以下、症状、既往歴、内服薬など)に適合し、研究内容にご同意いただけた方のみに本検査を施行しております。

※新しい認知症PET検査

※新しい認知症PET検査

2018年より慶應義塾大学病院メモリークリニック、精神・神経科、神経内科、放射線診断科、予防医療センターでは、医療研究開発革新基盤創成事業(CiCLE)(課題名:産医連携拠点による新たな認知症の創薬標的創出)のご支援の下、放射線医学総合研究所と協力してご同意の得られた認知症患者さんにこの検査を受けていただき、その情報を認知症研究に活用させていいただいております。

残念ながら、アルツハイマー病の根本治療薬は現時点ではありません。現在認可された複数の症状改善薬の選択、介護体制の確立、そしてほかの認知症、特に治る認知症の鑑別を確実に行うことは重要です。本研究は新薬の有効性を調べる治験ではございませんが、認知症患者さんの診断に重要な情報を提供できると考えております。我々は、この新しい認知症PET検査が、認知症診療の向上とともに認知症創薬研究の進展につながるものと考えております。

物忘れが気になる方、認知症が心配な方で当院メモリークリニックの受診をご希望される場合は、慶應義塾大学病院(直通電話03-3353-1257)にて、御予約をお取りください。

本研究は、AMEDの課題番号17pc0101006の支援を受けております。

伊東大介
慶應義塾大学メモリークリニック / 神経内科